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コラム
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離婚・男女問題

不貞慰謝料債務と財産分与債務を相殺することはできる?

※当たり前にできそうな気がする不貞慰謝料と財産分与の相殺ですが、民法改正前は当たり前にできるとは言えなかったのです・・・さてさて、その理由は。
 
Lちゃん「夫は妻に200万円を財産分与しなければいけない、妻は不貞慰謝料として200万円を夫に支払わなければならない、というケースがあった場合、お互いに200万円を支払わなければいけないのですから、チャラということでいいんですよね?」
 
太田「まあ、調停だとそういう話し合いになりそうだよね。で、仮にそういう判決が出た場合でも、今なら相殺の意思表示をすればいいということになりそうです。しかし! 民法改正前だと必ずしもそのように言えなかったんですよ。」
 
Lちゃん「え、相殺できなかったんですか?!」
 
太田「そのケースだと、妻のほうから相殺の意思表示をすることはできなかったんですね。改正前の民法509条を見てみましょう。」
 
 
【改正前民法509条】
債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。
 
 
Lちゃん「どうしてこんな条文があったんですか?」
 
太田「例えばね、AさんとBさんがいて、AさんはBさんに500万円を貸したけど返してくれない、一方でBさんは時価500万円の自動車を持っている。AさんはむかつくからBさんのその自動車を破壊した。はい、500万円の不法行為に基づく損害賠償債務と500万円の貸金債務、対等額で相殺ね、ということができたら困るでしょう?」
 
Lちゃん「その場合はAさんはBさんの自動車を差し押さえするよう法的手続を取ればいいと思いますが・・・。」
 
太田「ははは、車じゃなくて、Bさん自身を500万円分ケガさせるという例でもいいのよ。とにかく、不法行為債務で相殺することを認めてしまうと、不法行為を誘発しかねない、と立法者は考えたわけだね。」
 
Lちゃん「分からなくはないです。」
 
太田「あと、不法行為の被害者には現実に金銭的賠償を受ける必要がある。それで旧509条ができたのです。」
 
Lちゃん「なるほどですね。」
 
太田「そして、不貞慰謝料というのも、不法行為に基づく損害賠償債務なので、旧509条からすると、不貞した妻のほうからは、夫に財産分与と対等額で相殺ね、ということができなかったのです。まあ、調停や離婚訴訟の和解の場ではそのような処理がされていたことが多いのですが(合意によって相殺することまでは禁止されていないため)、理屈としてはそうです。」
 
Lちゃん「改正後は509条はどうなったのですか?」
 
太田「よし、見てみましょう。」
 
 
【改正後民法509条】
次に掲げる債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。ただし、その債権者がその債務に係る債権を他人から譲り受けたときは、この限りでない。
⑴ 悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務
⑵ 人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務(前号に掲げるものを除く。)
 
 
Lちゃん「あれ、不貞行為は『悪意による不法行為』ではないのですか?」
 
太田「ここで言う悪意というのは、通常の『知っている』という意味の悪意ではなく、積極的な害意が必要とされているのです。不貞行為で配偶者に対する『害意』まで認められるケースはほぼないと思うので。」
 
Lちゃん「さっきの、AさんがBさんの車を壊した事案だと『害意』があると認定されそうですよね。害意による不法行為の誘発を防ぐという機能は残したわけですか。」
 
太田「そのようだねえ。」
 
Lちゃん「ちなみに、改正前の民法で、不貞した妻の側じゃなくて、財産分与しなければならない夫のほうから相殺の意思表示をすることはできたのですか?」
 
太田「あくまでも不法行為の加害者側からの相殺の意思表示を禁止する趣旨であって、被害者側からの相殺の意思表示を禁止するものではないと解されていました。最高裁判例でも、『民法509条は、不法行為の被害者をして現実の弁済により損害の填補をうけしめるとともに、不法行為の誘発を防止することを目的とするものであるから、不法行為に基づく損害賠償債権を自働債権とし不法行為による損害賠償債権以外の債権を受働債権として相殺をすることまでも禁止する趣旨ではないと解するのを相当とする』と言っているよ(昭和42年11月30日判決)。」
 
Lちゃん「自働債権・受働債権って何ですか?」
 
太田「簡単に言うと、自分から相殺すると言い出した側の債権のほうが自働債権、相殺に供される側の債権を受働債権と言います。妻が自分の財産分与債権を、夫の不貞慰謝料債権と相殺すると言い出したとして、妻の財産分与債権のほうが自働債権、夫の不貞慰謝料債権のほうが受働債権。旧509条は、不法行為に基づく損害賠償債権を受働債権とした相殺を禁じていたわけです。42年判例をあてはめると、夫のほうから不貞慰謝料債権を自働債権として妻の財産分与債権と相殺することは問題ない、と。」
 
Lちゃん「ちょっと自働債権・受働債権という言葉で頭がこんがらがりそうですけど・・・その不貞慰謝料の例で何となく分かりそうに思います。」
 
太田「まあ、始業時間まで頭の体操でもしててくださいな(笑)。法学部生が通る道ですよ。」
 
 
☆一見当たり前のようで当たり前でないことも多いのです☆